「選択を先延ばしにする」という選択について

「選択」と「年齢」について

私はこれまでの人生で「選択を先延ばしにする」という選択を行ってきたように思う。

 

大学入学を決める18歳のとき

本当は経営学を学びたかったのだが、東京に行きたいという理由から興味のない教育学部へと進学する選択を行った。ここでは、次のような選択の先延ばしをしている。「教育学部へ進学したとしても、自分の時間では経営学を学べるし、就職の時にまた考えればいいや」と。

 

その就職先を決める22歳のとき

教育学部に入学したおかげで教師になるという選択肢も自分の中に生まれた。そこでもたま次のような選択の先延ばしをしている。「やりたい事はわからないし、とりあえず一般企業に就職してみて、違ったら先生になろう」と。

 

転職を考えた27歳のとき

「将来したい事はいろいろあるし、とりあえず幅広くいろいろできるコンサルタントになろう」

 

そのときそのときで将来の選択肢を残すような選択を行ってきた。要は人生に「保険」をかけて生きてきたのだ。よく言えばリスクヘッジができているが、そのおかげで、何か1つの事で突き抜けるような事がない。

保険をかけるような生き方はもうしないでおく、という事を心に留めてこれからの人生を選択していこう。

人はなぜプロ野球に熱心になるのか

私はプロ野球を見るのが好きです。

皆さまと同じく贔屓の球団を作り、勝てば1日ウキウキで過ごし、負ければTwitterに愚痴をこぼす。。。そんなプロ野球観戦生活を送っています。

 

そこでふと思ったのです。人はなぜプロ野球にあれほどまで熱心になるのでしょう。別に自分が応援している球団が勝ったからといって実生活には何の影響も与えないにも関わらず、なぜこんなにも熱中できるのでしょうか。

 

以下は私の仮説です。

①贔屓チームを自らの権威として自分を投影している。(分身の作成)

私を含め、プロ野球ファンは自分お贔屓のチームのことを「ウチ」と呼びます。ウチのチームは・・・、ウチが勝てば・・・などなど。

私の場合もいつの間に自分がチームにとっての「ウチ」になったのかわかりませんが、チームが「ウチ」であるからこそ、チームの勝敗を自分事として捉え、一喜一憂しているのです。また権威の象徴としてチームを捉えているからこそ、その日勝ったチームのファンはドヤ顔でユニフォームを着たまま電車に乗れるのです。(反対に負けたチームのファンはなぜかユニフォームを脱ぎ、いそいそと帰宅します。。。)

 

プロ野球の持つギャンブル性が熱中を加速せている

「人は、ドキドキして、たまに報酬のあるもの」が大好きです。だからこそ宝くじや競馬といったギャンブルは成り立っているのです。プロ野球観戦もまた同じで、勝ち負けという最終結果はもちろん、一球一球ギャンブル性をもっており、その結果にドキドキできるのです。そしてそこでヒット打ったり、盗塁が成功したり、空振り三振がとれたりすると報酬として喜んでいるのです。

 

まとめ

チームを自分の権威(分身)として捉えているため、「勝ち」を目指して熱中する。

そしてその中でプロ野球の持つギャンブル性が発揮され、さらに熱中が加速する。

 

上記は私の仮説なので誰か検証してください。

今日は贔屓チームの試合がないので、暇になり書いてみました。以上です。